徒労捜査官

人間なのか何なのかよくわからない連続殺人犯を追う捜査官たちの不活躍を描いた小説非小説

1. 落伍家

 

 い、か。すまねえな。え? 誰かって、俺だよ俺。そう、俺。いま? 近所で呑んだ帰り。いやぁ呑んだ呑んだ。呑みすぎてどこ走ってんのかわかんねえよ。どこだよここ。え? 車じゃねえよ自転車だよ。え? 自転車でも飲酒運転になんのかよ。やだよ。冗談じゃねえよ。認めねえよ、そんな法律。いや、べつに用事ぁねえんだけどさ、何か話してねえと、運転しながら眠っちまいそうで……さっきからあくびが……ハァアアア……いや大丈夫だいじょうぶ。片手でしっかりハンドル握ってっから。わ、危ねえ! まっすぐ歩けよこの野郎。そうか、俺がまっすぐ走ってねえのか、ははは。ああそうだ。こんどの出し物、いまやるから聴いててくれよ。『あくび指南』知ってるか? そうか。じゃやるぞ。電話切るなよ。

 えー近頃はなんですな……

『あくび指南』とは?

 古典落語の演目。
 下手の横好きで踊りや唄など稽古事にすぐ飛びつく熊五郎が、こんどは《あくびの稽古》に行くというので、友達の八五郎を連れて指南所に行くが、興味のない八五郎は見ているだけ。
 師匠は《四季のあくび》のなかから夏のあくびを選んで熊五郎f:id:ironoxide:20150302214059j:plainに教えようとするが、どうしても教えた通りにあくびのできない熊五郎に師匠は手を焼く。
 待たされていた八五郎は、あまりの馬鹿馬鹿しさにとうとう怒り出す——

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師匠「……舟遊山でくたびれてるところなんで、眠気がさしております。ですから……舟もいいけれど、一日のってると……退屈で……退f:id:ironoxide:20150302214948j:plain屈で……ハァアアア~ならぬわい、とね」
熊五郎「いや、それがでf:id:ironoxide:20150302215240j:plainきねえんだな。こうですかい? 一日のってるってえと退屈で退屈で、ハァアア~ハックション!」
師匠「くしゃみをしちゃいけませんよ、あなたf:id:ironoxide:20150302215502j:plain

八五郎「ええい、こんちくしょう! なにをしてやんでぇ、ふたりとも。くだらねえこと言ってやがら、まったく。退屈で退屈でならねえだと? さっきからずっと待ってる俺の身f:id:ironoxide:20150302215824j:plainにもなってみやがれってんだ。こっちの方がよっぽど退屈で……退屈で……ハァアァアァ~……

 

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 落語家殺害事件が発生したのが東京の墨田区だったので、競争入札により、墨田区立の亀沢小学校が捜査権を落札した。

 

∴ つづく ∵

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