徒労捜査官

人間なのか何なのかよくわからない連続殺人犯を追う捜査官たちの不活躍を描いた小説非小説

5. 悪夢

 

 墨田区の事件と同じく、被害者は中年男性。犯行の時間帯も深夜。駅の構内での出来事だった。

 今回、捜査権を落札したのは京成押上線久米小路駅

 

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 被害者の遺体は駅が管理し、必要なら司法解剖も内部で行い、もし犯人を逮捕することができれば、拘留や取り調べばかりでなく、起訴、裁判、刑の執行にいたるまで駅が請け負うという内容で契約を取ることができた。

 駅長室。解剖を終えた遺体が横たえられた検視台の前で、駅長 f:id:ironoxide:20150429173033j:plain に、検視係の駅員 f:id:ironoxide:20150429173037j:plain が、結果を報告をした。高校では検視部のエースだった彼の口調は専門家のそれだった。

「明らかに刀剣類が使われてますですね。ごらんのようにですね、一撃で頭部から鼻梁にかけて深ぶかと切り裂かれていますですね。おそらく即死だったと思いますですだす」
「これだけ鮮やかに仕留めることができるのは、よほどの使い手だということなんだろうな」
「そうですますね。そして、これほどの切れ味を持った刀剣といえば日本刀しかありませんます。犯人はおそらくだと思うです。しかもかなりの手練ます」
「こんなの聞いたことがないよ。こりゃ通り魔なんていう衝動的な犯行じゃないな……おい、これが辻斬りというやつかもしれないぞ」
「辻斬りなんて、いまでもあるんですねます」 

 

 駅長には、なんとしても犯人を逮捕して起訴し、死刑判決を下して、殺人犯を吊るした世界最初の駅ということで久米小路駅の地位を一気に高めようという狙いがあった。
 辻斬りは現代では前例がないだけに、逮捕に成功すれば、世間の注目を浴びるに違いない、と駅長は期待した。

 駅長にそんなことを企てさせたのは、同じ京成押上線のライバル駅、花井戸の伸展だった。

 

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 以前、人質を取った立てこもり事件が葛飾区であり、そのときは花井戸駅が捜査を担当した。

 追いつめられた犯人は人家に立てこもり、住人を盾に逃走用の車と現金を要求したが、狙撃手を買って出た駅員が、窓の僅かな隙間から犯人の姿をとらえるや一発で射殺し、人質を無事解放した。

 それによって、花井戸駅捜査能力と対テロ態勢への信頼は高まり、狙撃手を務めた駅員が若くて美形だったこともあって、花井戸駅の利用者が急増し、隣の四ツ木の客までが花井戸駅を利用するようになった。

 利用客を失って衰退した四ツ木駅を併合した花井戸駅は、両駅を連結させ、2km近い長さのホームを持った駅に成長した。

 四ツ木駅の隣にある久米小路駅にとって、これは悪夢でしかなかった。

 押上線の始発駅から終着駅までのすべての駅――青砥駅から押上駅まで――を花井戸駅が併合し、全長5.7kmにおよぶ長大な駅を築こうとしているのかもしれないという疑念に久米小路駅長は四六時中つきまとわれていた。

「押上は東京スカイツリーの最寄り駅だから、あわよくばスカイツリーまで併合してやろうなんてこと考えてるかもしれんぞ、あいつら」

 それが駅長の口癖だった。

 そんな危惧から、駅長は無法ともいえる安値でこの事件の捜査権を落札したのだった。

 この事件の解決をきっかけに久米小路駅が巻き返しに出て、花井戸駅の野望を打ち砕くことに執念を燃やしていた。

 

本日をもって当駅は
井戸駅が併合いた
ました。したがっ
て以後、粂小路の駅
名は廃止されます♪

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 花井戸駅の駅長が、勝者の余裕を見せつけながら、そうアナウンスするところが頭に浮かぶと、久米小路駅長は御し難い憤怒に襲われ、構内アナウンスをしている駅員に襲いかかるとマイクをふんだくった。

みなさん、手を貸してください! この小路駅を花井戸駅の侵略から守るために私に手を貸してください! みなさんは毎朝この小路駅からそれぞれの職場へ学校へと船出するわけです。いわば当駅はみなさんの母港。母親です。そしてその駅長である私はみなさんの父親です。みなさんのご両親が隣国の港から来た船に、ここは俺たちの港だ、そう言ってお父さんを追放し、お母さんを慰みものにしたら、どうですか? その危機がいままさに眼の前に迫っているのです! いまこそお父さんお母さんに恩を返すときです! ……親孝行したいときには親はなし という諺をご存知でしょうか? 私自身も、仕事や家庭のことで忙しくて、親子ふたりで酒を酌み交わすなんてこともしてやれないままある日突然、心筋梗塞で父を失いました。心筋梗塞はいきなりやってきます。予防も難しい。なぜ無理矢理にでも健康診断を受けさせなかったのかと後悔しています。父は見た目は健康だったのですが、動脈硬化が静かに進行していたんです。中高年、とくに男性は毎月必ず健康診断を受けるようにしてください……あれ?」

 駅長は話が脇道に外れていくのに気がついた。

「……心筋梗塞はともかく、先だってここ葛飾区で起きた通り魔殺人事件の捜査をわが小路駅が請け負うことになりました。もちろん私以下、当駅の職員が中心となって捜査にあたりますが、利用客のみなさんのご協力なくして事件の解決はありえません。みなさんとともに犯人をふん捕まえて高く吊るし小路駅ここにありと葛飾区じゅうに知らしめようではありませんか。もちろん、みなさんがお忙しいのは承知しております。みなさんが職場にあるいは学校に急ぐ姿をわれわれは毎日見ております。ほんとうにお疲れ様です。いや実際、日本の景気がどこまで回復するのかわかりません。人生設計をするのが難しい時代になりました。そんなときに消費税がこんどは10パーセントにまで上げられ、それにともなって運賃も値上げしなければならなくなるのは遺憾の極みであります。アベノミックスがわれわれ庶民の生活に潤いをもたらしてくれるのは、いったいいつなんでしょうか……あれ?」

 駅長は、ひとつ咳払いをした。

「はっきり申し上げます。私以下、職員全員この駅と心中する覚悟であります。ですから当駅をご利用のみなさんも、この駅のため母のために、父である私に命を預けてください! 粂小路駅のために死んでください!

 

 駅長は、サイズの合わない入れ歯のために滑舌もままならず、しかも朝のラッシュ時にやったものだから、乗降客は何を言っているのかよくわからなかった。

 

∴ つづく ∵

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