12. 情報戦
短期間に起こった、まったく同じ手口の3件の殺人事件。鼻の利くマスコミがさっそく嗅ぎつけて取材に乗り出した。
まず、東京スポーツで報道されたことで、一連の事件が関東人の知るところとなった。
初入幕で優勝を果たした、前頭2枚目力士のジャスティン牧原と、目下ブレイク中の美人水道局事務員、蘇我乃伊ルカの略奪愛騒動の記事の下に、それはあった。
東京で連続通り魔殺人 4月4日から、4月11日までの間に、墨田、葛飾、荒川の3区で通り魔殺人事件が起きていたことが本紙の取材でわかった。 捜査にあたっているのは、亀沢小学校(墨田区)、京成押上線久米小路駅(葛飾区)、東日暮里ボンジュールズ(荒川区)で、昨日の時点では、まだ犯人の特定にはいたっていない。 被害者がみな即死で、犯行時刻も人通りの少ない深夜。しかも犯人は何の前触れもなく現れて一瞬にして仕留めると、かき消すように去っていくというので、目撃情報に不確かな部分も多くあるが、複数の目撃者が語った共通の特徴としては以下のようなものだった。 ① かなり小柄(身長:20~40cm) ヒメネス駐日メキシコ大使はこの事件に関し、東スポの取材に対して、 「Por que dios quermente muy moresensia inocente sufranuestras yo no soy marinero, las piedras jamas paloma nosotros, usar la juran que'l mismo cielo y sus motivos. Un regardo de xejellos para los muchas cinco dijiste de importante」 と、両国関係に配慮した意見を述べた。 また心理カウンセラー、平岩惠子氏は次のように分析する。 「酔ったオヤジがいちばん好きなものは若い女でしょ? でも若い女がいちばん嫌いなものは酔ったオヤジなの。いや、嫌っているなんてもんじゃないわ。酔ったオヤジに触れられるくらいなら、イボイノシシに犯される方がはるかにましよ。きゃー、もう想像しただけで脳味噌まで鳥肌になりそうだわ。犯人はぜったいに若い女よ。同性として気持ちわかるもん。もっと、ばんばん殺してよ!」 ノーベル生理学・医学賞を受賞した山道伴東京大学教授(分子生物学)は、この事件を肯定的に見ている。 「男、女、侍。この3種の生物の間で異種交配が行われた結果生まれた新しい種の可能性が高い。時間をかけて見守りたい」 |
東日暮里ボンジュールズのキャプテン佐藤が、筒状に丸めた東スポで素振りをしながらバッティングセンターのロビーに入ってきて、順番待ちをしているナインに声をかけた。
「読んだか?」
「読みました! ほかのところでも同じような事件を起こしてたんですね、こいつ。この記事は有力な手掛かりになりますよ」
「つまり、身長20センチから40センチくらいの、サロンパスの匂いのする若い女の侍を探せばいいわけですよね。東スポの取材力と俺たちの悪力がありゃ、もう事件解決は時間の問題っすよ。キャプテン!」
「そうだ。みんな、東スポから眼を離すな!」
3人の被害者に、《酔った中年男》以外の共通点はないかと、3人が居住していた墨田区、葛飾区、荒川区の区役所に、ピッチャー伊藤が電話をして、それぞれの身元について問い合わせをしたところ、3人とも3代以上続いた生粋の江戸っ子だということが判明した。葛飾区の男性などは奈良時代からの江戸っ子だった。
ボンジュールズはさっそく、汚れたカネで設立したローカルラジオ局、エフエムあらかわが毎日、昼の時間帯に放送している番組《ボンジュール・ア・ラ・カワ》で、捜査の経過を発表した。
ファースト渡辺が DJ を担当する日だった。
Bonjour a la kawa! Comment allez-vous? こんにちは〜東日暮里ボンジュールズのファースト渡辺でーす。ねえねえみんな聴いてくれる? ぼく、打率9割を超えましたー! スゴいでしょ? 試合の前に、相手のチームのピッチャーさんに、僕が打てない球なんか投げたら、今日無事に家に帰れなくなるよぉ、ってエールを送ったら、ど真ん中の球ばっかり投げてきてくれたんですよー。まあそれはいいんですけど、この間の荒川の事件、覚えてるかなー? そう、辻斬り。ムゴい事件でしたよね。でね、その犯行の目的がなんなのか知りたいですよね。そこで調べてみたら、すんごいことがわかったんです。それはね、犯人が標的にしているのは、酔っぱらった中年の男性で、しかも生粋の江戸っ子ばかりなんですよ!
エフエムあらかわの全景
爾来、東京では、酔った生粋の江戸っ子中年男性はみな深夜の外出を控えるようになった。
残業などでやむなく深夜に帰宅するような場合は、方言をつかう、若者の口調で話す、女言葉で話す、といった偽装工作で、自分が生粋の江戸っ子中年男であることを覚られないように努めた。人に道を尋ねられて、うっかり「この道をまっつぐに」などと言おうものなら、その場でタクシーを拾って帰宅しなければならなかった。
しかし、急場しのぎの方言はいかにも不自然だった。
「おらぁ根っからの九州男児だから、東京の水はあわねえですたい」
「ほんまだぜ。東京なんざでぇきれえでんがな。祇園が恋しくてしかたねえどすえ」
「こちとら広島でぇ。こんくされ外道が!」
その一方で、生粋の江戸っ子中年酔っぱらい男性以外のすべての荒川区民は、すっかり安心し、殺されないでいることの喜びを謳歌するために、老いも若きも、わざわざ深夜を選んで街に繰り出し、酒と阿片に溺れ、男も女も相手の見境なく交わり、荒川の繁華街は、さながらソドムとゴモラのような頽廃の巷と化したので、神の怒りに触れて硫黄の火で滅ぼされた。
【創世記 第19章24節/25節】
主は硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて、これらの町と、すべての低地と、その町々のすべての住民と、その地にはえている物を、ことごとく滅ぼされた。