13. もののふ
キャプテン佐藤の指揮のもと、極悪草野球チーム東日暮里ボンジュールズは、荒川区在住の侍を、シラミつぶしにあたることになった。
そこで、ライト中村が区役所に出向き、127名の侍の住所リストの交付を受け、「養老乃瀧」の座敷部屋で練習後のミーティングをしているナインにコピーを配った。
「最近、侍を見ないと思ってたけど、まだこんなにいるのか。荒川だけで127人だから、23区全体だと、127×23」
と言いながらキャプテンはガラケーを取り出して電卓を打った。
「2921人! 23区内だけでそんなにいるんだ」
翌日、朝からボンジュールズのナインが手分けして、荒川区在住の侍すべてにあたってみたが、新聞が予想していた犯人像に一致する、身長20センチから40センチくらいの、サロンパスの匂いのする若い女の侍 は見つからなかった。
しかしそこは同じ侍。町民には思いつかないような意見を聞くことができるかもしれない。
ショート田中 は、南千住で剣術指南をしている老侍を、その町道場に訪ねた。
南千住にある天然理心流の道場
老侍は山羊鬚をしごきながらしばし黙考し、ふむ、と呟いてから話し始めた。
「江戸に仇を成すとは、大方薩摩か長州の者であろう」
「てことは、薩摩か長州の江戸藩邸だかなんだか、そんなところにいつもは潜んでるってことですかね」
「いや。藩に累が及ばぬ様脱藩して居る筈。草を褥に橋の下で寝起きして居ることであろうな……何者かは知らぬが忠義者よのう」
腕組みをして門弟の稽古を見ながら聴取に応じていた老師範は、はらりと涙をこぼした。
「それとですね、犯人は行動がとても敏捷で身軽で、人間離れした能力をもっているらしいんです。だから……」
「忍びではあるまいか……。其処許は斯様に申されたいのじゃな?」
「そ、そうです。つうか、御意」
「あり得ぬ。乱世ならいざ知らず、太平の世に忍びなど用いる国主があろうか。時勢を見極められよ」
「はい。こいつぁ畏れ入谷の鬼子母神」
127名の侍への聞き込み捜査に出ていたナインは、仕事を終え、みなそれぞれ感動の余韻に浸りながら、バッティングセンターに帰ってきた。
「やっぱり侍は日本の心だよ。絶滅させちゃだめだ」
「養殖してでも増やすべきだ」
しかし、セカンド小林だけが、腑に落ちないといった顔つきで帰ってきて、近くにいた同期のピッチャー伊藤に問いかけた。
「でも犯人はどうやって、被害者が生粋の江戸っ子だって知ったんだろうか」
チームの全員が腑に落ちない顔つきになった。
荒川区役所に被害者の身元を問い合わせたピッチャー伊藤 が、もういちど戸籍住民課に電話をして、被害者の身元を調べている人間が役所に来なかったか尋ねたところ、職員が言うには、窓口に侍がやってきて、生粋の江戸っ子で酔った中年男をひとり紹介してほしいと言うので、適当に見繕って、その氏名と住所、勤め先、家族構成、血液型、好きな言葉、持病などを教えたとのことだった。
「で、そいつが例の侍だったのか?」
「だからその侍の特徴を聞いたんだけど、個人情報にあたるから教えられないって断られたよ」
「じゃ、しかたがないな」
「しかし、酔った生粋の江戸っ子中年男性を狙う動機がさっぱりわからんな」