19. 未確認水棲生物
第5の犯行は北海道。
事件は夜間に操業していた漁船の甲板で起きた。
北海道独自の方式により、海上で起きた事件事故の捜査は、第一管区海上保安部が担当することになっていた。
「とれた魚を魚倉に流し込んでたら、空からひらひらした生き物が降ってきてさ、刃物みたいなもの持ってこっちに飛びかかってきたんだよ」
それからその《ひらひらした生き物》が海に没するまでに3~5秒。
「何が起こったのかわかんなくて、みんな甲板でしばらくポケーっとしてたんだけどさ、気がついたら、善さんが倒れてたんだ」
曙光が射すころ、事件が起こった漁船に横付けした海保の巡視船《しこたん》から乗りこんできた保安官たちは、犯行を目撃した船員たちを、甲板に集めて聴取をしていた。
船長の権さんが証言した。
「夜だったけど、甲板はライトで照らしてっから操舵室からでもよく見えたっぺよ。あんな生き物がいるんだな。海はまだまだフロンティアだべ」
最年長のベテラン漁師、玄さんは、
「善は60になったばっかりだったんだ。なしてあんな若い奴が殺されなきゃならねんだ……殺すんならこの老いぼれを殺せよ、ちくしょう」
と唇を噛んでうつむいた。
善さんは、ヒラメのように腹側と背中側の二枚に分けておろされていたので、あたかもふたりの人間が重なって倒れているかのように見えた。
料理人として船に乗って52年目、司厨長の伝さんは、遺体を指差して言った。
「ほれ、ホトケさん、きれいにおろされとるっしょ。尾頭つきで。これだけの仕事を一瞬でやるんだから、こりゃ神業だよ。こういう職人がひとり厨房に欲しいもんだな」
漁師になってまだ40年。最年少の伴さんは、新米だからと遠慮していたが、すこし気になることを思い出したので、おずおずと言葉をはさんだ。
「そういえば、さっきまでサロンパスみたいな匂いがして……」
「匂いなんかどうでもいいべや。ガキは黙ってろ!」
玄さんに一喝された伴さんは、口をとがらせて黙り込んだ。
亡骸は、名札の付いた遺体収納袋に収められ、巡視船に移されて、遺族の待つ国後島に向かった。
船内では保安官たちの意見が交わされた。
彼らにとってもこんな事案は初めてだった。
司厨長が手放しで誉めるほど刃物の扱いに優れた海洋生物とは、いったいどんな生き物なのか。
「刃物を持った生物といえば、ノコギリザメ、タチウオ、ヤリイカなどがいるが、目撃証言からは、そういった生物の仲間とも思えない」
「船員たちが、空から舞い降りてきたと話しているところをみると、空中生物の可能性もある」
「いや、それはあり得ない。空中生物の犯行なら空中保安庁に管轄が移るから、空中生物ではない」
「では、どうやって空から降りてきたのだ」
「解らない。空中は管轄外だ」
「陸上に逃亡する可能性もある」
「そうなったら陸上保安庁に移管されるから、われわれも楽になる。陸上に逃亡することを祈ろう」
「すでに知られている海洋生物には見られない運動能力と攻撃性を持っているようだ。逮捕は容易ではないだろう」
「知能もかなり高そうだ。これは哺乳類だな。海獣だ。刃物のようなものを持っていた、という漁船員の証言からすると、道具が使えるほどの高等生物らしい。類人猿の一種かもしない」
「うん。水棲に適応した類人猿の可能性も否定できない」
「テレビで《海猿》とかいうドラマをやっていたようだが、あれがそれなのか?」
「それがあれなのかもしれない」
「DVDが出ているのなら確認してみよう」
黙ってこの議論を聴いていたいちばん若い保安官が口を開いた。
「この生物は板前かもしれません」
若者ならではのフレッシュな発想に、他の保安官たちは、おお! と鋭く反応した。