22. 豚箱
翌日、釧路地方裁判所から、禁固1年を言い渡す判決文がファックスで送られてきた。
三等海上保安士補、弓崎章吾は巡視船で、歯舞群島のなかの貝殻島まで護送された。そして現地の刑務所に収監されるや、凄まじい勢いで漫画の制作を始めた。
第1作は入所した翌日に完成し、章吾は原稿を抱えて、北海道中の出版社を回ったが、どこの編集者にも、全国的に売れることを目指すのなら、東京の出版社でないと難しいと言われた。
しかし北海道には、服役中の受刑者は漫画の出版を目的として東京に行ってはならないという伝統的な禁忌があるため、地元、歯舞群島のタウン誌、はぼまEAT に持ちこんだ。
はぼまEAT は、グルメ雑誌なのだが、編集者は、ライバル誌に差をつけるため、いちかばちか連載に踏み切った。
板前出身の海上保安庁の職員、しかも惨たらしい殺人を犯した男の描く漫画、というスキャンダル性で読者にアピールしようと目論んだのだった。
そして、もし漫画が当たったら、この板前のオリジナル海鮮料理のレシピを毎号、漫画とセットで紹介しようというプランもあった。
編集部は連載に先立ち、作品紹介にページを割いた。
――人殺し板前保安官が描く《海洋板前》とはなにか?
――未曾有の海洋冒険グルメ劇画『うみいた』次号より登場!
ページの上半分を、二枚におろされた血まみれの遺体写真で埋めて、その下に、章吾の経歴と、海洋板前誕生までのいきさつを紹介した。
【作者紹介】
おたうわ欽平(本名:弓崎章吾)
1997年9月19日北海道旭川市生まれ(19歳)
中学卒業後、包丁一本サラシに巻いて、全国の日本料理店で道場破りをすることを夢見て板前修業に励んだが挫折。その後、海上保安庁の職員になるも、漁船上で猟奇的殺人を犯して現在服役中。自分が海洋板前であることを自覚し、それを世に知らしめるために漫画の制作を決意する。
【海洋板前はこうして生まれた】
勝次という名の若い男が、見習いとして、択捉島の割烹料理店で板前の修業をしていた。
職人としての筋はいいものの、我が強く、親方の言うことに逆らったり、客と喧嘩したりするなど、粗暴な態度からクビになる。
勝次は腹いせに、親方の刺身包丁を盗み、店の売り上げを奪って逃走するが、街の人びとに港まで追いつめられ、やむなく海へざんぶと飛び込む。
騒ぎがおさまるまでおとなしくしていようと、勝次は択捉島沖の海底で孤独な潜伏生活に入ることを決心する。
海の幸に恵まれた北海道の海なら食べ物には困らない。見習いとはいえ包丁の腕の立つ勝次は、泳いでいる魚でも、あっという間に刺身にしてしまう。
呼吸をするために、人目につかない深夜に海面に現れ、ついでに択捉島の岸辺から陸に上がり、コンビニで調味料や漫画雑誌、サロンパスなどの医薬品を万引きして、また海底に潜む。
そんな生活が日常的になったころ、勝次は、包丁の腕を人間で試してみたくなる。その手始めとして、自分をクビにして将来を奪った、料理店の親方に狙いをつける……