徒労捜査官

人間なのか何なのかよくわからない連続殺人犯を追う捜査官たちの不活躍を描いた小説非小説

23. 権力の介入

 

 直近の、島根県邑智郡での犯行の時点で、犠牲者の数はすでに16人になっていた。

 こうなると、大手メディアも関心を寄せるようになり、NHKがテレビ局としては初めてニュースでこの事件を取り上げ、

 発生から45日 連続辻斬り犯 いぜん足取りつかめず 

というヘッドラインでこれを報道し、地図に示した犯人の移動経路に沿って、事件の経過を解説した。

「ぶは!」

 家族と朝食を食べながらテレビを観ていた、田淵警察庁長官 f:id:ironoxide:20150527233505j:plainが、頬張っていたゆで卵を噴き出した。

「なんだ。まだ逮捕されてなかったのか!」
「わーまたやった! もーイヤ! お父さん絶交!」

 食卓を囲んでいた妻と娘と息子の食器の上に、父親の口から噴出した卵のかけらが飛び散った。

 父親の正面の席にいたために最も大きな被害を被った高校生の娘 f:id:ironoxide:20150527233449j:plain は父親を睨みつけると、

「もーヤダ。一生、お父さんといっしょにご飯食べない!」
 と金切り声を上げて、いつもより1時間も早く高校に出かけていった。

 早食いだけが取り柄の浪人中の息子 f:id:ironoxide:20150527233450j:plainは、すでに食べ終わっていたので難を免れ、

「父さぁん、食べ物口にいれてわめくの、もうやめようよ、ね」
 と、スマホをいじりながら子供に話すように父親を諭した。

 f:id:ironoxide:20150527233448j:plainは、家族の食事を用意し終わって、さて自分が食べようとしていたところだったが、口をつけないまま、スープの水面を漂う卵の黄身を見ながら黙っていた。

 しかし、警察庁長官の視野のなかにはテレビの画面しかなかった。

 辻斬り事件のニュースが終わって、天気予報に移っても長官はテレビの画面を凝視したまま、独りでしゃべり続けた。
「東京で起きた辻斬りの件は東スポで読んで知ってたが、地方でも起きてたんだなぁ。もう16人も殺されてるのか。しかし、わからんな。目的は辻斬りだとしても、あのルートで移動する理由は何なんだろう? なんでも容疑者は侍だっていうじゃないか。侍が諸国行脚をするといえば……ううむ……」

 妻は、穢されたスープをシンクに捨て、皿を窓の外に放り出すと、新しいスープを持ってテーブルに戻った。

 トーストを咀嚼しながら、天井を見上げて何やら考えていた長官の口が止まり、せわしなく動いていた眼球が一点を見すえた。

 夫の変化を機敏に察知した妻は、コーヒーカップ、スープ皿、サラダ皿、ゆで卵とトーストがのった皿の上に覆い被さり、我が身を盾にして朝食を守った。

 長官は、斧を振りおろすようにして頭を妻の方に向けると吼えた。
これは仇討ちだ! それしかないだろ!」

 夫の口から発射された、嚥下するに充分なまでに咀嚼されたトーストが、妻を襲ったが、朝食は被害を免れた。

「犯人は、主君か一族の仇を探し出しては討っているんだ。もう絶対に間違いない!」

 

  田淵長官は警察庁の朝会で、全職員を前にして語った。

「今朝のテレビや新聞を見た人はすでに知っていると思いますが、以前、墨田、葛飾、荒川の各区で起きた通り魔殺人事件は、なんとまだ解決していなかったのです! それどころか日本各地で被害者が増え続けています。すでに16人が兇刃に倒れているというではありませんか!」

  TwitterFacebookを使っている職員は、そんなことはとうに知っていて、話題としての賞味期限を過ぎていたので無反応だった。

「もはや看過できない事態に到りました。こうなったら超法規的措置に訴えるしかありません。私は決断しました。この事件の捜査に警察が介入します!

 その後に開かれた幹部会で、介入のタイミングに関して熱い議論が交わされた。

 「なにしろ超法規的措置という大ナタを振り下ろすんだからなあ、もう少し犠牲者が出てからの方が……そう、30人くらいになるまで待ったらどうだい」
「いや、それじゃ足りないよ。伝家の宝刀の威光を示すためには、どうしたって100人は必要だって」
「たしか、40年くらい前に日本赤軍とかいう団体が起こしたハイジャック事件があったんだよ。その時は、乗客乗員あわせて150人くらいだったかな……が人質になったわけだ。で、日本政府が超法規的措置を施行して、犯人の要求を呑んで逃亡を許したってことがあったらしいよ」
「へえ、そんな事件があったのか。だったら、今回も最低150人は必要だろうよ」
「そんなに殺される前にこの事件、解決しちゃうんじゃないのか?」
「それもそうだな……」

 考えるのが面倒くさくなってきたので、その件については、またヒマなときにでも検討することにして、田淵警察庁長官は、朝刊に載っていた、犯行場所を示した地図を拡大コピーしたものをホワイトボードに貼り付けて説明した。

 

f:id:ironoxide:20150510012729j:plain

 

「見ての通り、根室沖での事件以降、犯人は日本列島を南下、あるいは西進するようなルートを取っている」

 田淵長官は、勿体をつけるためにひとつ咳払いをすると、その朝に思いついたばかりの自説を述べた。
「これは、マスコミが言うような辻斬りじゃない。仇討ちだ。間違いない。このルートは、主君あるいは一族の仇を討ち歩いたルートだったんだ!」

「おい田淵」

 警部f:id:ironoxide:20150527233509j:plainが首をかしげながら長官に尋ねた。

「この経路からすると、その仇というのは、各地にまんべんなくいるということなのか?」
「そうだ。まんべんなくいるんだ」
「やけにたくさん仇がいるんだな」
「それは先方の都合だ」
根室沖の事件で、犯人がすでに服役中とか誰か言ってたけど、どうなってんの?」
「あの事案は海上保安庁の管轄だ。海保国土交通省の機関で、警察庁は国家公安委員会の機関だから、根室の事案はまったく無視していい」
「へえ、海保国交省の機関だったのか。知らなかったよ」

 田淵長官は、豊かな蘊蓄の片鱗を見せつけることができたと感じて、自己満足の美酒に泥酔した。

 

∴ つづく ∵

前回に戻る目次に戻る

 

広告を非表示にする
Kindleストアで拙著『怒りのブドウ球菌』(前後編)を販売しています。