徒労捜査官

人間なのか何なのかよくわからない連続殺人犯を追う捜査官たちの不活躍を描いた小説非小説

27. 逃亡

 

 千枝 f:id:ironoxide:20150508202851j:plain が勤め先の製麺所から晩に帰宅すると、さっそく机の前に腰掛け、パソコンを立ち上げてフェイスブック《久米小路駅辻斬り事件ヽ(#`皿´)ノ》にアクセスした。

 千枝の書き込みに対して、100件を超えるコメントがついていた。

「おー、こじゃんとちきちゅうのう」

 

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f:id:ironoxide:20150509005106j:plain dragon horse 日本の夜明けぜよ! 
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f:id:ironoxide:20150509005102j:plain 茄子 夜市 川上、じゃなくて上川さん やったね(ノ⌒∇)ノ 
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f:id:ironoxide:20150509005104j:plain 皆 見張る男 英雄だ!二代目村田英雄を襲名するのは、あんたしかおらん!
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f:id:ironoxide:20150509125714j:plain 寿 大社 男性捜査官でも危険な殺人鬼の逮捕を女性がするなんて、同じ女性として妬ましいです。むかつきます(*^_^*)
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f:id:ironoxide:20150509005101j:plain 天佑 神助 何を使って犯人をたたっ殺したんですか?
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f:id:ironoxide:20150509005103j:plain 泰山 北斗 この犯人絞首刑にして朴と血痕してください
いいね!・返信・6時間前

 

「なんもしちょらんのに、こんなに言われて困ったねぁ」

 ひと通り読み終わって、腕組みをして椅子の背にもたれかかったとき、机の抽き出しがわずかに開いているのに気づいた。

 家を出る前、犯人の遺体をはさんだクリアファイルを収めた抽き出しを閉めたときのピシャリという音が耳に残っていた。それからは一度も開けていないないはず。

 千枝は静かに立ち上がると、机の横に立てかけてある竹刀袋から竹刀をそっと抜き出して片手で振りかざし、やあ! と叫んで抽き出しを引っぱり出した。

 遺体が消えていた。

おんしゃ、まだ生きちょったがか! 姿見せや!

 千枝は中段の構えを取り、ぐるりと体をめぐらせた。

「けんど……」
 もし犯人が、千枝の帰りを待って斬りつけるつもりでいたのなら、とうに斬られているはずだと考えると、別の可能性にも考えが及んだ。

空き巣?
 預金通帳も貴金属類もそのままだった。

変態?
 洋服ダンスを開けても、衣類に手をつけた様子はない。

「そうか。泥棒が犯人の遺体を盗むゆうがもおかしな話や」
 と、初心に返って、ふたたび竹刀を構えて叫んだ。

おんしゃ、まだ生きちょったがか! 姿見せや!

 相手は30cmにも充たない背丈で、しかも平面なので、本棚のなかにでも隠れているかもしれない。ヘタに探し回って背中を見せるより、相手が出てくるのを待つ方が賢明と考えた千枝は、ワンルームの中央に端座し、防具を着け、竹刀を左脇に置き、張りつめた五官で敵の気配を窺った……

「うわ! しもた!」

 いつの間にか大の字になって熟睡していた千枝は、立ち上がるなり竹刀を四方に振り回したが、犯人の姿はない。

 時計を見ると零時近くになっている。4時間ほど眠っていた。

「わしがまだ生きちゅうゆうがは、やっぱり犯人は逃げたゆうことか」

 緊張で忘れていた仕事の疲れを思い出し、体のあちこちが痛むのを感じた。千枝は防具をはずして、ため息をついた。

「……ほいたら、どっから逃げたが? 玄関は締めちょったき、窓かえ?」

 ひとつしかない窓を調べたが、施錠してある。

 犯人の厚みは 0.13mm。わずかな隙間があれば抜け出せる。

「ぼろアパートやき、そんな隙間なら家中探したらどっかにあるろう。まあ、ひとまず安心ぞね」

 

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∴ つづく ∵

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