29. 選り抜かれた者たち
九州では、所定の条件を満たしている住民から優先的に、捜査権を与えることになっているのだが、その条件は、事件の性格、社会に与える影響、予算などを勘案したうえで決められるので、その都度違う。
今回は、犯行の粗暴性と行動範囲の広さから、申請者には以下の10項目が選考基準として示された。
- オリンピックで、銅メダルを獲得したことがない。
- アフリカ象に踏まれたことがない。
- フビライ汗の声帯模写大会で優勝したことがない。
- 人魚の生き血を吸ったことがない。
- 放射能と放射線の区別がつかない。
- 社会における自分の役割を野球のポジションに喩えるとどこになるか、と聞かれても、野球のことはぜんぜん知らないから答えようがない。
- レッド・ツェッペリンのメンバーになったことがない。
- デリバリーはない。
- まだ死んでいない。
- 開いた口がふさがらない。
今回、500名をこえる申請者のなかで、提示された条件をすべて満たしていたのは、千枝のほかに4名がいた。
選ばれた捜査官たちは九州庁に集合し、州知事から、5人が連絡を密にし、協力して捜査にあたるように、との訓示を受けた。
そのあと、庁舎の迎賓室で、遺体を検視をしながらの壮行会が催された。立食形式で、テーブルの上には、鯨ベーコン、鯨のたたき、鯨の大和煮の缶詰、はりはり鍋などの高級料理がひしめき合っている。
自分が犯人を逃がしたばかりに、犠牲にならなければならなかった男性の亡骸に手を合わせて、千枝は囁きかけた。
「赦しとうせ。仇はわしが必ずとりますき」
そして、犯人を仕留めることができたら、この御霊の菩提を弔うために尼寺に入ることを誓った。
九州名産の焼酎《どぎゃんも太夫》で乾杯をしてから、州知事が捜査官たちをひとりひとり紹介した。
「まず、私の隣におられるのが、この事件の捜査官になるために、わざわざ高知市から九州に住民票を写してくださった、上川千枝さんです」
千枝は黙礼をした。
「その隣が、養豚場を経営しておられる、肥田丸太さん」
病的に痩せていて、まだ20代だと本人は言うが、老人にしか見えない。
「そして、九州銀行で頭取を務めておられる……ええと、このお名前、どう読むのかわかりませんが、售罟塢さん」
ポマードでこちこちに固めた髪に、仕立てのいいスーツを着こなしている、好色そうな眼つきをした紳士。
「その次は、屍体愛好家のネクロ平田 さん」
迷彩服に柳行李を担いだ、異臭を放つ男性。
「最後に、尾上酉衛門さん。歌舞伎の名門である音羽屋の将来を背負って立つプリンスです」
さて、どん尻に控えしは、潮風荒きこゆるぎのぉ……『白浪五人男 稲瀬川勢ぞろいの場』での名セリフで場を湧かせようと目論んでいた酉衛門だったが、そんな雰囲気ではなかったので、黙礼ですませた。
5人は皿やグラスを手にして検視に移った。