3. 犯人像
亀沢小学校の料理クラブの顧問、象凡教諭 は、落語家殺人事件の捜査にあたることになった旨を部員に発表するために、放課後、部室に向かった。
その日の料理クラブの課題は、 で、黒板にはそのレシピが書かれてあった。
部員たちは、すでに調理に取りかかっていた。
「みなさんはもう知っていると思いますが、この間、学校のすぐそば……」
「でも先生。愚考するに、どうも通り魔とかいった、そんなデスパレートな連中の犯行ではないんじゃないかと。だって殺害方法がいかにも鮮やかじゃないですか」
料理クラブの部長を任されている5年生の木村天佑斎が、味付け調味料の器に、大さじでみりんを注ぎながら言葉をついだ。
6年生の窪伊仙遊がこんにゃくを水洗いしながらそれに同調した。
「うん。あの疵は明らかに手練の犯行だね。おそらく被害者は声を上げるいとますらなかったはずだ」
象凡教諭は眼をしばたたきながら言った。
「それじゃもう……」
「はい。犯行場所、そして教頭の自己顕示欲からして、本校が捜査に関わることになるにちがいないと読んだんですよ。だから僕ら昨日、警察の遺体安置所に検視をしに行ったんです。あ!」
教諭の方を向いて、しきりに話をしながらニンジンを千切りにしていた2年生の戌山六角が包丁で指を切った。
「戌山くん、包丁から眼をそらしてはいけませんよ」
「はい、先生」
ゴボウの皮をむいていた包丁を振り上げて、6年生の玉垣由奘が言った。
「刀剣の類いによると見られる疵で、いわゆる《真っ向幹竹割り》というやつですな。あたかも顔の正中線をなぞるが如く、前頭部から鼻梁まで精確に切り裂かれてました。頭骨は砕かれて刃先は脳にまで達していました。あれは即死です」
「あ、玉垣くん、ゴボウの皮はむかなくてもいいですよ。タワシで表面の泥を落とすだけで充分ですからね」
「はい、先生」
料理に関しては、象凡教諭への信頼は厚い。
1年生の嘉室屋俊悦が、シイタケを切っていた手を止めて振り向き、玉垣由奘に言った。
「街灯だけの薄明かりのなかで、しかも自転車に乗っている人間に真っ向幹竹割りを決めるのだから、ヤケを起こした人間の発作的な行動でないことだけはたしかだ」
「ということは……」
「そう。いわゆる辻斬りというやつかな」
嘉室屋俊悦の言葉に玉垣由奘が、また包丁を振り上げてみせた。
「辻斬りね。久しぶりに聞いたよ、その言葉。たしかに夜陰に乗じて無辜の民を刃にかけるあたりは辻斬りそのものだな」
「それなんだがね、君」
それまで黙って話を聴いていた4年生の鯉畠瑞鳴が口を開いた。
「速断は禁物だぜ。被害者がいつも無辜の民とは限らんじゃないか。法は法として、義は殺人者の方にあるのかも知れんだろう。四十七士のことを考えてみたまえ」
この示唆に富んだ意見に対しては、上級生の玉垣由奘も首肯せざるを得なかった。
料理クラブ部室
具材を仕込んだ炊飯器のボタンをONにする。
炊きあがるまでの時間を利用して捜査の段取りを決めることになり、部員6人と顧問はダイニングテーブルを囲んだ。
おもむろに顧問が口を開く。
「まず、被害者の落語家……」
「検屍のついでに、その聴き取りもしてきました」
部長の木村天佑斎が起立して答えた。
「被害者が殺される直前まで電話で話していたという女性の家に行ってきました。被害者との関係はただの不倫相手だそうです」
「何かわかりましたか?」
「被害者の落語を聴いていたら、いきなりガシャッという音がして――たぶん自転車が倒れた音でしょう――通話が途切れたと言うのです」
そう言って木村天佑斎は着席した。
「……で?」
「それだけです」
「犯行の動機は何なんだろう。警察で見せてもらった遺品にのなかには、財布とか指輪とかいった貴重品が残されていたから物取りじゃない」
「だったら怨恨かというと、そうでもない。人を笑わせるのが商売の落語家を恨むなんて、印度人がカレーを恨むようなもので論理的にありえない」
「だったらやっぱり辻斬りか」
「それしか考えられんだろう」
「待て。辻斬り自体は動機にはならんよ。犯人に辻斬りを思い立たせた動機があるはずだ。例えば……」
「試し斬りとか?」
「そう。名のある刀匠に打たせたばかりの刀を手にして、切れ味を試したくなったのかもしれんじゃないか」
「あるいは、人斬り以蔵のようなテロリストかもしれない。テロの目的はわからんがね」
「いずれにせよ、侍の影がちらつくな」
「その線を洗ってみるか。どうでしょう、象凡先生」
「そうですね……それでいいんじゃないですかね」
「相手は刃物を持ってるよな。しかもかなりの使い手のようだから、こっちは飛び道具しか対抗手段がないのだが、小学生は銃を所持できないという法律がある。さて、如何にして容疑者の身柄を確保するか」
「弓矢も飛び道具だぜ」
「接近戦になったら役にゃ立たんよ、君」
「攻撃はあきらめて、斬られないようにする防御策を考える方が賢明だな」
「甲冑を着けるっていうのはどうだい?」
「うん、それだ。ただし西洋の甲冑。日本の甲冑は露出部分が多くて、そこを狙われる」
「どうでしょう、象凡先生」
「そうですね……それでいいんじゃないですかね」
中世ドイツの甲冑(小学生用)を6人分注文することになった。