11. 闇組織の策謀
霊感占い師 の予言通り、荒川区で辻斬りがあった。
被害者は、やはり酔った中年男で、犯行時刻も深夜だった。
現場は飲屋街で、被害者はズボンのジッパーを下ろして、なかから海綿体を掴み出した体勢のまま、仰向けに倒れていた。路上で用足しをしようとしていたところを襲われたらしい。犯人の真っ向幹竹割りにもいっそう威力が加わったと見え、顔面を顎の先まで真一文字に切り裂いていた。
捜査本部を立ち上げたのは、東日暮里ボンジュールズという極悪草野球チームだった。
悪をもって悪を制す、放射能をもって放射能を制す、というホメオパシーを援用した彼らの研究論文が荒川区役所に認められて落札となったのだ。
練習が終わり、テーム全員で、全国的にチェーン展開をしている居酒屋の酔虎伝に繰りこんだ。
キャプテンでキャッチャーの佐藤が、ナインに発破をかけた。
「なんだかんだ言ったって、相手はただの辻斬りじゃねえか。辻斬りしかしたことねえんだろ? 俺たちとはレパートリーの広さがまるっきり違うんだ」
座敷でチームメイト9人がテーブルを囲み、キャプテンは上座にいて、アウトローらしく無作法に立て膝で座っていた。
キャプテンが杯を干すと、新入りでレフトを守っている山本がすぐに徳利を差し出して杯を満たす。
「俺たちは要人暗殺や違法駐輪、それから無言電話にシャブの取り引き……ええと、信号無視もしたし放火もやった。ほかには、生物兵器の開発とか食い逃げとか無理心中とか。あらゆる悪事をはたらいて世間を渡ってきた。奴とはキャリアが違うんだ。ほんとうの悪とはどんなもんか、野郎に教えてやろうじゃねえか!」
ナインはみなそろって、おう! と気勢をあげた。
セカンドを守っている小林が、昂奮のあまり、スポーツバッグから、弾帯を垂らした機関銃を取り出すと、天井に向けて乱射した。
「まて小林。俺たちは野球人だ。草野球といえども野球人なんだ。未来のイチローを目指す子供たちの夢を育ててやる義務がある。野球はスポーツ。ケンカじゃねえ。飛び道具や刃物は無用だ」
サード鈴木が、苛立ってキャプテンに尋ねた。
「じゃ、どうやって殺るんですか?」
キャプテンが、アサリの酒蒸しをまとめて手づかみにし、貝殻ごとばりばりと噛み砕き、口のなかを血だらけにして答えた。
「バットで殴り殺す」
「なるほど! 野球人なら、バットで殴り殺すってのが筋ですよね」
「犯人が右利きなら左打ち、サウスポーなら右打ちの打者を起用する。明日から、犯人の撲殺にむけてバッティング練習を始めるぞ。明日、昼飯を喰ったら尾久球場に集合だ!」
「え?」
きょとんとした顔でセンター高橋 が尋ねる。
「尾久球場ですけど、明日、デーゲームで巨人阪神戦がありますよ」
「この大バカ野郎!」
キャプテンが裏返った声で一喝したが、バカ野郎慣れしているメンバーは、メニューを見ながらサイコロステーキや海藻サラダを注文していた。
「俺たちゃ事件解決という使命を担ってんだ。巨人軍は永久に不滅だから試合も永久にある。しかし辻斬りは、今回限りで終わらせなくちゃならねえ。次の犠牲者を出しちゃならねえんだ! だから明日の巨人阪神戦はねえんだ!」
酒宴のお開きがキャプテンによって宣言されると、いつも通り、チームのテーマソング『野球小僧』(歌・灰田克彦/昭和26年・日本ビクター)の合唱が締める。
♪ オーオー マイボーイ
♪ 朗らかな 朗らかな 野球小僧