徒労捜査官

人間なのか何なのかよくわからない連続殺人犯を追う捜査官たちの不活躍を描いた小説非小説

14. 弾圧

 

 

 荒川区の事件を予言した霊感占い師 f:id:ironoxide:20150601230628j:plainの話を聞きつけた東京スポーツは、さっそく続報として、その占い師とのインタビューを掲載した。

 事件の予言を的中させてすっかり自信をつけていた老女は、インタビューのなかで、いけしゃあしゃあと断言した。

 

 3日以内に同じ事件が台東区で起きるよ

 ――間違いありませんか?

 間違いないよ。墨田区も葛飾区も荒川区北東、そして台東区北東、つまり丑寅の方角丑寅鬼門だからね

 ――でもそれは、千代田区あたりを中心として見た場合ですよね。清瀬市からだと、台東区は東南東の方角になりますよ。清瀬だって東京都です。23区ばかりが東京じゃありません。都下をないがしろにしないでください。

 あんた、そういうのを詭弁っていうんだよ。そんなこと言ったら、小笠原諸島から見たら台東区は北北西になっちまうじゃないか。小笠原だって東京なんだよ。知らないのかい。あんたどこの出身だい?

 ――甲府ですけど、それが何だというのですか。

 ほらごらん。甲府からだと台東区は東になるだろう? つまり卯の方角なんだよ。卯は五行で言うと《木》。色は青。季節は春。青春まっただなかじゃないか。まあ、頑張りなさいな。

 

 台東区に住む、生粋の江戸っ子で酔った中年男性たちは、東スポの予言を読んで、辻斬り犯人と一戦交える覚悟を固めた。

「江戸っ子の心意気、見せてやろうじゃねえか!」

 彼らはつねに拳銃や日本刀を携えて行動した。ごく一握りの富裕な中年男性で酔った生粋の江戸っ子は自宅の周囲に土嚢で防塁を築き、警備会社のガードマンを雇って、重火器で武装させた。

 普段は閑静な住宅街を、警備会社のロゴを張りつけた装甲車やジープが走り回り、日没後の空では夜間戦闘能力を備えた黒塗りのヘリから警備員が地上を監視し、台東区全体がさながら市街戦前夜の様相を呈していた。

 東スポを読んでいない住民は何が起こっているのかさっぱりわからず、しかしどうやら緊急事態らしいと判断して、とりあえず食料や生活必需品の買いだめに走ったので、台東区のコンビニやスーパーは深刻な品不足に陥った。

 

  この事態を重く見た台東区長は、夜間外出禁止令を布告した。

 これまで辻斬りのあった区に近接する、足立、江東、江戸川区の区長たちも、次は自分たちの番かもしれないという危惧から、台東区に倣って夜間外出禁止令を布いた。

 
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東京の騒ぎをよそに連夜の賑わいを見せる京都祇園

 

 しかし、辻斬りの標的になる条件を満たしていない住民からは、おびただしい数の苦情が、電話、メール、FAX、ハガキ、簡易書留、電報などで寄せられた。

深川で芸者やってんだけどさ、芸者が夜働けなくなったら、おまんまの食い上げじゃないか
中年で生粋の江戸っ子でありながら酔っている男性のかけがえのない尊い命を守るために、そうでない俺たちから夜遊びする権利を奪うつもりか!
夜這ができなくなった男の気持ちなんか役人にわかるはずないよな
私は蛾。街灯のまわりを飛び回るのは蛾。昼の蝶。夜の蛾。ががが
三代以上続いたチャキチャキの江戸っ子のくせに酔っている中年男性をどこかに保護すればいいだけの話じゃないのか

 これを受けて、台東、足立、江東、江戸川の4区の長による首脳会談が実現し、対策が協議された。

「住民の奴らも簡単に言いがやるけど、どこかに保護するなんて、そんな面倒なことやってられるか。こういう自分のことしか考えない連中の言うことをいちいち聞いているうちに次の犠牲者が出たら、区長を引責辞任しなければならなくなる。区長の地位を手放すのは、俺はいやだ」

 この意見で一致した4区の長が共同声明で、民意を黙殺する決定を下したことを発表するや、台東区を皮切りに連鎖的に各地でデモが勃発した。

 
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 外出禁止令の撤廃を要求する横断幕を広げたデモ隊が台東区庁舎の前に集まり始めているという連絡が入るや、職員全員が業務を中断し、金属バットや木刀やツルハシなどを手にして庁舎の表玄関に集合した。

 そして、シュプレヒコールが上がると、庁舎から飛び出していってデモ隊に襲いかかり、参加者を殴り、蹴り、踏みつけて追い払い、横断幕を八つ裂きにして燃やした。

  台東区に隣接する足立区の住民も、このニュースを回覧板で知って激怒し、デモ隊を組織して足立区役所への抗議行動に出た。

 デモ参加者875人があらかじめ区役所の職員になりすまして潜入し、窓口業務などをするふりをしながら待機し、示し合わせた時刻に一斉蜂起して、庁舎を完全に制圧した。

「足立区で、役所が襲われて、何人か死んだみたいよ。宮本さんとこの奥さんが藤田さんとこの娘さんから聞いたんだって……」

 情報を口づてに聞いた主婦たちの井戸端会議を発端にして、デモの機運が高まった江東区では、区長が先手を打つべく、いち早く命令を発し、職員を駆り出して庁舎の前に落とし穴を掘り、それと知らずにやってきたデモ隊を見事に嵌めて一網打尽にし、全員を国家政権転覆扇動で起訴した。

 ただ、穴に落ちたときに圧死した数名は、区長の裁量によってお咎めなしとされ、それが新聞の台東区版に「現代にも生き続ける大岡裁き」という見出しで、賞賛する記事が掲載されたため、3.4パーセントだった区長の支持率が一気に96.1パーセントにまで上がるという桁違いの飛躍を見せた。

 この噂を小耳にはさんだ江戸川区民は、相手が子供ならさしもの区役所も手荒なことはするまいと踏んで、1歳未満までの乳幼児ばかりでデモ隊を編成したが、江戸川区役所側は、赤ちゃんポストに預けられた子供と勘違いして、すべて里子に出してしまった。

 これら一連の蜂起の全貌を風の便りに聞いた千代田区民の間に、ウチには江戸っ子の聖地である神田があるから飛び火するかもしれない、という不安が広がった。

 そこで千代田区長は、夜間外出禁止令を出して無用の反発を招くより、中年(♂)・江戸っ子(生粋)・酔っぱらいをあらかじめ拘禁しておくことのできる条例案を区議会に提出し、圧倒的賛成多数で可決された。

 さっそく、男性〔中年{江戸っ子(生粋)}〕+酔っぱらい狩りを始めることになったが、区役所に保管してある個人情報を利用して住民を拘束することは職権の濫用にあたるため、千代田区役所の職員総出で区内を巡回し、それらしい人物を見つけるしかなかった。

 しかも、不審人物に出会っても、それが、生粋之江戸子且中年男性而酔漢であることを立証できなければ手は出せず、任務の遂行は困難を極めた。

 そこで、怪しいとにらんだ者を100人拘束すれば、そのなかにひとりかふたりは、生粋江戸酔中年男性が混ざっているだろうという、地引き網的発想から、自分が生江酔中男ではないことを証明できない者は、すべてその場で拘引できるとする条例が、区議会において圧倒的賛成多数で成立した。

 

 霊感占い師が事件を予言する2日前に、すでに大阪同じ手口の辻斬りが発生していた。

 

∴ つづく ∵

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