16. 誅殺
ラルフ・オコーナーの店が事件の捜査を始めたと聞いて、同じ通りにカフェを出しているシャロン・バーンズが、店にやってきた。
「おたくが捜査すんねんて? オコーナーさん」
「うん。ウチの店の前で起こったことやからな」
「ほうか……ほんで、逮捕するつもりなん?」
オコーナーの、右眉がぴくりと跳ねた。
「なんでや?」
「当たり前やん、そらあんた……」
シャロンはオコーナーに顔を寄せて、小声で言った。
「……アメ村に店出してる人やったら、誰かて落書きには腹立ってしゃーないはずやん」
「そやな」
「消すのにお金かかるからほってるけど、ウチとこかてシャッターやら壁やらに落書きされてるやん」
「うんうん」
「そやから、もし、その犯人さんがこれからもあいつらを殺してくれるんやったら、ウチなら邪魔はせんわ」
ラルフ・オコーナーは、シャロン・バーンズが自分と心情を共有していることを確認した。
家族4人で手分けして、アメリカ村の各店舗に聞き込みをしているうちに、どうやら、みな殺人犯を支持しているらしいということがわかってきた。
そして、これはたんなる通り魔殺人ではなく、街を穢し続ける害虫を駆除することが犯行の動機で、これからも殺し続けてくれるに違いないという期待を、それぞれに遠回しな言い方で打ち明けた。
しかし、肝心の目撃情報がまったく得られない。
聞き取り初日を終えて、最後に家に帰ってきたルークが、玄関の上がり框にどしんと腰を下ろして、スニーカーの紐を解きながら言った。
「こんだけ手掛かりがなかったら動きようがないで、お父ちゃん」
「防犯カメラでもあったら、なんか映っとったかもしれんけどな」
「なにゆうてんの。カメラやったらアメ村じゅうにあるやんか」
「いつからや?」
「もう何年も前からあるで」
「あほ! それを早よ言わんかい」
「こんなこといままで知らんかったお父ちゃんの方があほや!」
家族4人は、御堂筋を渡り、東心斎橋にある南警察署まで全力で走った。
サンダル履きのアイリーンは、「すぐそばやねんから走らんでもええやんか」と肥えた体をゆすりながら、懸命についてきた。
署に着くと、一家は刑事課になだれ込んだ。
「あの、すんません。おとといの深夜にアメ村で殺人があって、わたしらが捜査してるんですけど、あの地区のカメラで録画したのがあったら見せてもらえませんやろか?」
「わかりました。ほな、こっちに来てもらえますか」
刑事のひとりに案内された小部屋にはブラウン管の大型テレビが置いてあり、棚にはVHSのビデオカセットが、ぎっしりと詰め込まれていた。
「おとといの深夜ね……」
刑事は、棚を見上げて言った。
「アメ村にはカメラがぎょうさんあるからねえ。録画もぎょうさんあるんですわ。場所はどのあたりですか?」
「ジェラルディンホテルの裏の通りですわ」
刑事は、ええかげんビデオも整理せんとどこに何があるかわからんな、とぶつくさ言いながら、通りの名前と時間が記載されたラベルのついたカセットを引っぱり出してきて、ビデオデッキに挿入した。
「0時から6時までのを見てみましょか」
オコーナーが店を出している通りが、薄暗がりのなかに映し出された。
店のシャッターにスプレーで落書きしながら歩いている男が何人か映っていたが、オコーナーの店は通り過ぎた。
その他にも、違法薬物の売人らしい男が通行人に声をかけているところや、はだけたロングコートからガーターベルトやコルセットを覗かせたブロンドの娼婦が、停車中の自動車のなかの男にタバコの火をかりる風を装って金額の交渉をしているところや、若いギャング同士の喧嘩で、拳銃で撃たれた男性が車で連れ去られるところなどが映っていたが、オコーナーの店の前ではなにも起こらない。
「あーもうイラつくぅ。早送りにすんで」
苛立ったサンディがリモコンの早送りボタンを押した。
人生の縮図のような光景が高速で展開される。
映っている人びとにとっては深刻な出来事も、高い視点から早送りで見ているとなにやら滑稽で、《クローズアップで見る人生は悲劇だが、ロングショットでは喜劇だ》という、チャップリンの至言がラルフ・オコーナーの頭に浮かんで、しばし感慨にひたった。
「あ」
サンディが早送りを止めて、テープを少し巻き戻して再生した。
「これとちゃうん?」
ヤッケのフードを被り、マスクで顔を隠した人物がスプレー缶を持って脇道から現れ、周囲を見回しながらオコーナーの店の前で立ち止まって、シャッターに吹きつけ始めた。
「うわ、こいつか。腹立つぅ!」
ルークがうなる。
ふと、画面のなかの人物が落書きの手を止めて、カメラの方を見上げた。
すると、カメラの視界の上端から紙片のようなものが、ひらひら舞い降りてきた。人物の姿が一瞬それに隠れて再び姿が見えたときにはすでに倒れていた。斬り開かれた頭部からじわじわと血だまりが広がってゆく。
何がどうなったのかわからず、一家はしばらく黙って画面を凝視しているしかなかった。
「刑事さん。何があったんですかね?」
「さあ……こんなん初めて見ましたわ」