18. 密約
「なんちゅうても、おたくは専門店やから、なんか心当たりないかと思てな……」
紙のような木樵の犯行という前提で、捜査を再開したラルフ・オコーナー は、アメリカ村で木樵屋を経営しているトム・スナイダーの店を訪れた。
「紙みたいな木樵なぁ……心当たりないわ」
「そうか……」
ラルフは、店内で、退屈そうに長椅子に腰かけている木樵たちを見回した。
みな、ニッカボッカに脚絆、地下足袋という出で立ちで、いつ来るかわからない仕事の依頼をじっと待っていた。
いずれも見るからに偉丈夫で、空からひらひらと舞い降りてきそうな者はいない。
「おい、キース」
店長に名前を呼ばれると、若い木樵が、読んでいたビッグコミックスピリッツから顔を上げた。
「お前、友達多いやろ。紙みたいな木樵、知らんか?」
「ええと……ひとりいますけど」
え! ラルフは、抱きしめんばかりの勢いで若い木樵に近寄った。
「そ、そのお友達は、いまどこにいはるんですか?」
「マレーシアの熱帯雨林で伐採してますわ」
「連絡とれます?」
「とれますけど……」
ラルフは、落書き屋皆殺しの実現が眼の前まで迫ってきたような気分だった。
犯人とコンタクトがとれたら、落書き屋たちの暗殺の報酬として、17万4千円を出し合うということで、商店主たちとの間で密約が成立していた。
落書きひとつ、ゴミひとつない、善人ばかりが住み、邪な心を持った人間が立ち入ると鬱病になってしまうユートピア、神の直轄地アメリカ村の街並が浮かんだ。
「おれの連れがどないかしたんですか?」
すかさず店長が口をはさんだ。
「ちゃうねん、キース。紙みたいな木樵が欲しいゆうて、林野庁から派遣の依頼があったんや。ほんで探しとんねん。な、オコーナーさん」
ラルフはぎこちなく頷いた。
「わかりました。ほな」
キースはiPhoneをポケットから取り出して、マレーシアにいる友人を呼び出した。
「おれや。お前に仕事の話が来たみたいやで。かわるわ」
ラルフは、電話を受け取った。
「お忙しいのにすんません。オコーナーといいます。初めまして、どうも」
緊張しながら本題に入った。
「実はですね……」
林野庁から仕事が入ったのを羨む派遣木樵たちは、煙草を吸ったりテレビを観たりして無関係を装いながら、耳をそばだてたが、ラルフがみなに背を向けて小声で話すものだから、何を言っているのかわからない。
「……アメ村……あって……ちな……ま、そんな……でも、ら……」
1分もしないうちに話は終わった。
「お友達はちょっと条件に合わんみたいなんですわ。すんませんな」
ラルフはそう言ってキースに電話を返すと、スナイダーに耳打ちした。
「ちごた。防犯カメラに写っとった紙は、A4かB5くらいのサイズやけど、この人、A2やねんて。大きすぎるわ。別人や」
紙みたいな木樵ではなく、《木樵みたいな紙》の線で当たってみたらどうだろうか。
そう考えたラルフは、イヴリン・ハーパー が経営している紙屋に向かった。
この紙屋では、ティッシュペーパーから脂取り紙、千代紙、折り紙、新聞紙、紙粘土、紙ヒコーキにいたるまで、《紙》とつく物はなんでもかんでも扱っているので、そのなかに、木樵みたいな紙があるかもしれないと考えたのだった。
「ウチには置いてないわ」
「やっぱりな」
ラルフは、紙のようなものが映っている画面をコピーし、アメリカ村じゅうの店に配って協力を求めた。
「この写真に写ってる紙みたいなもんを見かけはったら、ウチまで連絡してもらえますやろか」
「なにこれ?」
「それ木樵ですねん。辻斬りの犯人ですわ。紙にしか見えへんけど」
「はぁ……。まあ、とにかく見たら連絡するわ。犯人さんには連中のドタマどんどんカチ割ってもらわなあかんさかいな。きのうもシャッターにやられたんや、落書き。ほんま腹立つわーあいつら。犯人様、たのんまっせ!」
犯人は、犯行直後に大阪を出ると、風に乗って飛行し、すでに北海道の上空に達していた。