8. 予言
フェイスブックに掲載された、血まみれの遺体写真に、駅長 は賞賛の声を上げた。
「おお。この被害者の写真、酷たらしい感じがよく出てるじゃないか、おい」
助役 は、そりゃもう苦心しましたよと言わんばかりに、眼鏡をはずして眼をしょぼしょぼさせた。
「わたしがパソコンで加工しました。陰影のコントラストを強くして、血糊も増やしました。背景に地獄絵図を貼ろうと思って、ネットで探したんですけど、ちょっとやり過ぎかなと思ってやめました」
「うん、それはやり過ぎだ。で、この下に並んでいるのが、視聴者からの情報だな」
「視聴者というか……はい、まあそんなもんです」
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近藤 実 おれも被害者と同じ近藤実だが、どっこい生きてるぜ! いいね!・返信・3時間前 |
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近藤 稔 字はちがうけどぼくもコンドウミノルだが、どっこい生きてるぜ! いいね!・返信・3時間前 |
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樋 美子 ノラなんだけどよく屋根で日向ぼっこしてるの いいね!・返信 · 10・2時間前 | |
桐崎 寂 写真で見るかぎり、どうやら被害者は男のようだな。傷口の様子からしてナイフのような凶器が使われたようだ。他殺の線で捜査しろ。 いいね!・返信・2時間前 |
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越後 謙司 うちのクロです(^^;) いいね!・返信・2時間前 | |
甲斐 信一 うちもクロです〜 いいね!・返信 · 4・1時間前 | |
高師 マヤ ┏( ・_・)┛ いいね!・返信・1時間前 |
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松佐 佳耶 学校にいく途中いつも見る黒ネコなんですノラみたいですけどきょうはうまくとれました写真 いいね!・返信 · 5・15分前 |
「なんだこりゃ。愛猫家サークルかなんかと間違えとるぞ、こいつら。君が表紙にネコの写真なんか使ったからじゃないのか?」
「まったく……」
モニターを見ながら駅長が怒気をふくんだ吐息をもらした。
「どいつもこいつも遊び半分で書き込みやがって、くそ。粂……じゃなくて久米小路駅の存亡がかかっとるというのに。私が子供のころは、地元に鉄道の駅があるというだけで住民は誇りに思ったもんだ。改札口の前で立ち止まって二礼二拍一礼してからホームに入ったもんだ。日露戦争でロシアのバルチック艦隊を撃破した、あの東郷平八郎元帥が私の地元の駅に降り立たれたときも、元帥みずから駅長室に赴いて挨拶をされたもんだ。駅の長とはそれほどの聖職者であり、駅とはそれほどの寺社仏閣だったんだ。いまじゃ、ひと駅間の距離なんか歩いてもたいしたことがないほど駅が増えて、その土地の鎮守神という駅の本来の役割が忘れ去られてしまった」
駅長室の壁には、幼かった駅長を膝にのせている東郷平八郎元帥を中心にして、その背後に久米小路駅の職員が並んだセピア色の記念写真が、金メッキの額に収められて掛けてある。
「駅は死んだ。私も死にたい。そして、人知れず海のなかで生まれ人知れず海の成分に分解されてゆくイソギンチャクに生まれ変わりたい」
「あ、そうだ!」
駅長の長広舌など上の空で、駅長室の窓から街の景色を眺めて考えこんでいた助役が窓際に駆け寄り、
「駅長、あの病院ですよ」
と言って、荒川沿いにある6階建ての総合病院を指差しすと、駅長もしかたなさそうに窓際にやってきた。
「あそこの1階の受付があるフロアに霊感占い師がブースを出してるんですよ」
「占い師? ちょっとまてよ。ひょっとして君は占いで犯人の居所をつきとめようっていうのか?」
「そうなんです!」
「そうなんですじゃないよ……」
駅長は、後退りすると崩れ落ちるように自分の椅子に腰をおろして頭をかかえた。
「占いで犯罪捜査とは。そんな手しかないのか。われわれは古代人か? ああ死にたい。死んで雪ダルマに生まれ変わりたい。いつの間にか蒸発して大気中の水分となり、空に昇って雲となり、大地を潤す雨となる雪ダルマに」
「でも看板には、《怖いくらいよく当たる!》と謳ってありますよ。じっさい、その占い師が、死ぬ、と予言した患者は例外なく死ぬそうです」
「誰だっていつかは死ぬさ」
駅長の気のない返事に、助役は、また故事成語を持ち出した。
「駅長、覆水盆に返らず、と言うじゃないですか!」
「おお! そうだった。覆水はお盆にも帰省せずに頑張ってるんだ! よし君も来い!」
駅長は机を叩いて立ち上がると、占い師が店を出している病院に向かった。
30分後、駅長は、おぼつかない足取りで助役に抱えられながら、駅長室に戻って来て、また雑煮の餅のようにソファにべったりと横たわった。
「しっかりしてくださいよ、駅長。肝心の犯人のことはなんにも聞いていないじゃないですか」
「私はもう長くない。捜査は君がやってくれ」
「たかが占いでしょう」
「それをすすめたのは君じゃないか」
けばけばしく若作りした霊感占い師 に、駅長が事件の経緯を説明して、犯人のいどころを尋ねると、彼女は駅長の両手を自分の両手に包み込んで目を閉じ、眉間にシワを寄せてしばらくもごもご口を動かしてから、おごそかに言った。
「あんたの背後に渥美清の霊が立ってる。あんたは2年以内に死ぬよ。でも、あんたは一粒の麦だ。死ねば豊かな実を結ぶだろう。はい、3000円」
まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。
占いを聞いて椅子から崩れ落ちた駅長を、助役が引きずって久米小路駅まで戻ってきたのだった。
「あとせいぜい2年しか生きられないのか。なんてこった。ああ死にたい。死んで豊かな実を結びたい」
駅長の不様な姿をみて、始めからなかったやる気がもっとなくなった助役は、捜査を打ち切るための適当な口実はないものかとフェイスブックを開くと、早くも例の霊感占い師が予言を書きこんでいた。